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東京高等裁判所 昭和26年(う)3625号 判決

控訴人 被告人 青木留次郎 外二名

弁護人 渡辺卓郎 外一名

検察官 伊東勝関与

主文

原判決を破棄する。

本件を長野地方裁判所上田支部に差し戻す。

理由

本件控訴の趣旨は末尾に添附した弁護人渡辺卓郎、同渡辺元連各提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対し、当裁判所は次のとおり判断をする。

控訴趣意第一点について、

原判決が被告人等の原判示第一乃至第三の各犯罪事実を認定し、その証拠として、

一、被告人青木留次郎、同和田瑰治、同土屋静吾の当公廷における各自関係部分につき判示同趣旨の供述、

一、検察官事務取扱副検事石谷寛作成にかかる被告人青木留次郎、同和田瑰治、同土屋静吾に対する各供述調書、

一、山岸亀雄、柳沢梅蔵、掛川幸三郎、宮坂平兵衛、花岡嘉三郎、小川原一男、小林吾市、小根沢喜四郎作成にかかる各答申書

を挙示引用していることが明らかである。而して昭和二十六年五月十七日附副検事に対する被告人等の各供述調書その他の前記各証拠の内容を仔細に検討すれば、被告人青木留次郎は昭和二十六年四月五日頃関茂福から長野県議会議員候補者松山篤に当選を得させるため選挙運動を依頼されたので、その頃懇意な間柄にある被告人和田瑰治、同土屋静吾と協議した結果、柳沢梅蔵、宮坂平兵衛、掛川幸三郎、花岡嘉三郎、小川原一男等に依頼して同人等の部落の票を集めて貰うこととし、被告人和田瑰治がその運動を引き受けることに一決し、その資金として山岸亀雄から提供される金員は前記部落の有力者達に投票まとめを頼んで渡すことの話合ができ、その結果原判決の如くそれぞれ供与資金の授受があつたことが窺われるのであつて、被告人等の原審公判廷における各供述も必ずしも右の趣旨とくいちがうものとは解し難く、他にこれに反する証拠は発見することができない。然らば原判示第一の(一)及び(二)において被告人青木留次郎が山岸亀雄から供与資金を受け取るについては被告人等三名の間に共謀があつて、その供与資金から他の選挙人に供与することにも共謀があつたものと解するを相当とする。

凡そ選挙に際し数人共謀して選挙運動並びに投票の報酬となるべき資金を受領し、これを選挙人に投票の報酬等として供与する場合には共謀者は全員一体としてその共同の犯意を実現することを計るのであるから、共謀者のうち何人が資金を受領し、又その供与実行の任に当つても、等しく右犯意実現のためにする行為の分担であると言うことができるのであつて、出捐された資金を供与行為実行の分担者をして選挙人に現実に供与させる必要上、共謀者間において順次これを授受することは、少くとも現実に選挙人に供与された部分に関しては、単に共謀者内部の関係における金員供与実行のためにする準備的行動に外ならないものと解すべきであつて、従つて右共謀者間における供与資金授受の行為はそれのみでは公職選挙法第二百二十一条第一項第一号又は第四、五号の罪に該当するものではないことは勿論、何等の犯罪を構成するものではないと解するを相当とする(大審院判決-昭和九年四月十六日判例集第十三巻第六号四百八十五頁、昭和十二年六月二十二日判例集第十六巻第十二号九百八十四頁、同年七月九日判例集第十六巻第十四号千九十七頁参照)。

然るに原判決は原判示第二の(四)乃至(八)、第三の(三)、(四)の各選挙人に供与した金員(供与資金)の被告人等間の授受を以つて原判示第一の(三)、(四)第二の(一)乃至(三)及び(九)、第三の(一)、(二)掲記のとおり供与をなし或は供与を受けたものと認定し、これを公職選挙法第二百二十一条第一項第一号又は第四号に当るものとして処断したのは明らかに理由のくいちがいがあるものと謂うべきであるから、原判決はこの点において既に破棄を免れない。それゆえ論旨は理由がある。

(控訴趣意第二点に対する判断省略)

よつてその余の控訴趣意に対する判断を省略した上、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百七十八条により原判決を破棄すべく、同法第四百条本文により本件を原裁判所たる長野地方裁判所上田支部に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中村光三 判事 鈴木重光 判事 野本泰)

控訴趣意

第一点原判決は明らかに判決に影響を及す可き事実の誤認があるものとして破棄されなければならない。原判決が証拠として採用する被告人等の副検事に対する各供述調書の記載を綜合検討してみると、被告人等が本件犯行に至つた動機は唯、日頃人格者として尊敬している松山篤氏を長野県会に議員として送り以つて被告人等の郷土の為に存分の活躍を期待せんとの至情に出たもので其の間一片の私心なく、被告人等が交付を受けた金銭は決して被告人等が自己一身の利益を図る目的を以つてこれを受領したものでなく単に自分達が仲介となつて右から左え散佚すべき運動費としてこれが交付を受けたのみであること及び被告人等三名の行為は決して各自無関係の単独の行為として行はれたものでなく当初山岸亀雄、関茂福の両氏から松山候補の応援を依頼されるや、被告人等は共に相諮つて表面に立つて運動する者と裏面に在つて援助する者などの分担を定め、互に協力提携して前記両名の依頼の趣旨に応じることに相談一決して居り、爾後被告人等は相互に連絡のうえ本件犯行に至つたもので被告人青木留次郎が山岸亀雄より交付をうけた合計金二万円は被告人等三名が共同してこれを受け取つたものと観なければならぬことが明瞭である

仍つて之を観るに原判決は二重に事実を誤認するの過誤を犯したものと言はざるを得ない。即ち、第一に被告人等の本件犯行が右のように被告人等三名の謀議のうえに出たものであるとするならば原判決摘示事実中第一(三)(四)第二(一)(二)(三)(九)第三(一)(二)の事実は単なる「共謀者内部ノ関係ニ於ケル金員供与実行ノ為ニスル準備的行為」(昭和一二年(れ)第三〇二号同年七月九日大審院判決参照)として夫れだけでは罪となるべきものでないのにかゝわらず原判決がこれらの行為をも独立の犯罪を構成するものとしたのは被告人等の共同犯行にかゝる本件行為を被告人等各自の単独犯行と誤認した結果であり、元来罪とならない事実を以つて罪となるものとした右の過誤は到底黙過さる可きでなく此の点において既に原判決は破棄さる可きであるのみならず、第二に被告人等は選挙人として自己に属す可き利益の供与を受けたものでなく単に選挙運動者として他に供与す可き金銭の交付を受けたのに過ぎないのであるから、原判決摘示事実中被告人等が金銭の交付を受けた部分に関する認定は公職選挙法第二百二十一条第一項第四号に該当する事実としてではなく同条同項第五号後段に該当する事実として判示されなければならなかつた筈である。

然るに原判決は右の二点を漫然看過して過てる事実認定の侭、畢竟被告人等の関知せぬ犯罪事実により被告人等を処罰するの挙に出るものに他ならぬものであるから、弁護人はこれが是正を望むものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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